∞の庵

這い上がった先に開けた王道を堂々と行くエイトを追う

音楽チャンプ、終わるってよ


ある日友人に「村上くんの音楽番組が終わるってよ」と
まるで「桐島部活やめるってよ」風に言われ
ネットニュースでは既に見てはいたものの
他人に声に出して言われると思った以上のショックで
すぐに返答ができなかった。

www.tv-asahi.co.jp


「元々(番組に)期待していなかったから」
なんていいそうになったので慌てて
「視聴率とか、いろいろあるみたいでね」
とテレビマンのような回答をしたものの
思わずでそうになった言葉に自分で呆れた。

吐き出しそうになった「期待していなかった」は
とにかくしんちゃんが司会でなければ
見ていない番組だからだという言い訳も含むが
逆にしんちゃんが出ている番組なのに
期待しなかったという訳では決してない。

以前ブログでも書いたことがあるように
愛ある審査員の方の言葉が的を得ていて
私なりに番組の楽しみ方が
わかってきた気もしていたのだ。

だがこの番組が発生した流れは悪かった。
一部地域の深夜帯放送だった仕分けがゴールデンとなり
試行錯誤しながら色んなコーナーが生まれては消える中
特に太鼓の達人等メンバーが心身ともにゲスゲス削って
頑張る姿を見せてくれる大切な番組として楽しんでいたが
だんだんとエイトはサイドで見ているだけとなり
いつしかカラオケ採点でなら高評価を得られる
歌い手さんのチャンスの場となってしまった。

その後、仕分けが終わると今度は特番として
しんちゃんとクラヤス3人のみがMCをする
「音楽モーツァルト」となり、そこからまた派生して
「音楽チャンプ」になったと認識しているが
間違いないだろうか…だとすると
司会力のあるしんちゃんだけがメンバーとして残り
流れ着いた骨子を引き継いだ番組を
一人で背負ったとしか見えなかったのだ。

しんちゃんが背負ったこの番組が終わるのに
決してしんちゃんには責任が無かったとはいえないと思う。
そんなことを言ってしまえば、例えは大げさだが
会社で起こった問題を代表者が知らなかったなどと
責任逃れで言うのと同じだと思うし
何より我らが信五はそんなことを言う男ではない。

きっと大いに自分の責任も感じているだろうし
だからこそ飛躍もしていける。
自分ができる表現を精一杯してきた結果として
きちんと受け止めているだろう。

そもそもこの「音楽チャンプ」は
カラオケ機と審査員の採点の合計で争われ
勝ち残った人の歌手人生が開いていく舞台だったが
審査員の方の批評が突き刺さり過ぎて
気軽なカラオケ採点の存在がほぼ薄れてしまい
カラオケの存在が意味をなさなくなっていたように思う。

印象的だったのが
数回前の対決だったかで優勝した女性が
「優勝したのに嬉しくない」と言って泣いたこと。
その決勝で戦った相手の男性は独特の歌い方で
採点では計れない技量を披露して強烈な印象を残したが
その方への賞賛が優勝よりも勝り悔しくて泣けたようだった。

プロのすごさはカラオケの点数では計れない魅力だが
そこが出てきてしまってはもうどうしようもない。
採点方式にとらわれずにスター発掘をする番組であれば
「平成のスター誕生」で良かったのかもしれないが
あくまでもカラオケと審査員の採点ありきで戦うことで
勝負に歪が生まれているようにも見えた。

だが、その時のエンディングで
「今日の回を見て自分にもチャンスがある、
と思えてもらったらいい」と番組の意味も考え
誰もが活きる言葉を司会として発した
しんちゃんの誠実さあふれる言葉にじんときて
ファンとしては番組を応援して行かねばな、
と思ってもいたところだった。

なのに。こんなに早く番組が終わるとは。
なので、大して傷を受けていないように世間に見られているので
残念に思っていることを敢えてブログに書いておこうと思った。
大した付き合いではなかったから忘れちゃえばいいのよ的に流せるほど
村上信五は責任感薄い男ではない。悔しい思いをしているはずだ。

だが、この裏には忙しいしんちゃんが1人で背負ってくれた
続けていくには難しい番組からやっと逃れられた、
と思う気持ちが正直言ってあるにはある。
だけど終わって良かったとだけ思いたくはなくてあがいてみた。


いつかこれをご縁に黒木瞳さんと失楽園的なセクシー映画で
共演することもあるかもしれないしないかもしれない。
そんなご縁も繋ぎながら村上信五はまた次のステップへ突き進む。

どうかまたやりたかったことが存分にできるチャンスがきますように。