∞の庵

這い上がった先に開けた王道を堂々と行くエイトを追う

美しき囲碁棋士

先日本の整理をしていて久しぶりに「天地明察」を読み
その流れで映画が見たくなって映画「天地明察」を見て
またその流れで「破門」を見てヨコ充電をするという
大変幸せな時間を過ごした 。

数日たった今も映画を見た後のあの痺れるような
物語の世界に埋もれ浸っている感覚でいる。
ヨコの印象を上塗りしたような記憶の書き換えも気分がいい。
なので「破門」はブログでも感想書いたけれど
天地明察」はまだブログを始めていなかった為に
何も書き残せていないので、せっかくなので記録したいと思う 。

映画は大好きな岡田師範が主演な上にヨコも共演するという
好きな人と好きな人が重なったダブルコーン。
だがヨコの出演時間は大変短く今となっては物足りないが
その時は大きな映画に出演した喜びと恐縮で胸がいっぱいだった 。

岡田師範演じる渋川氏は囲碁棋士でありながら数学が得意で天文好き。
朴訥として真面目な男が大切な人との充実した時間や別れを経験して
組織に大胆に立ち向かえるようになっていく。

当時、政治が絡んだ天文を正しく律する為に背負った責任は
文字や映像では簡単には表現できないほどの苦労だっただろうが
それを成しえた努力の人を見事に演じた岡田師範は素晴らしかった 。

残念だったのが奥様のえんさんに「私より先に死なないでください」
とお願いするのだがそれは前妻を病気で亡くした経験が
あまりにつらく悲しく残っているからこその大切な言葉なのに
映画では前妻との生活は端折られているので
その切実さが伝わり切らなかった。

渋川氏とえんさんは同日亡くなられたとあるが
その尊さはこの言葉あってこそ感じられるものであり
どこを端折るかが毎度大仕事であるのが映画だとは分かっていても
自分の感動が半減される編集を目にすると
何度見ても残念に思ってしまう 。

ヨコ演じる「本因坊道策」は圧倒的な強さを誇る天才囲碁棋士
原作では常に囲碁に対して情熱をそそぎ
反して積極的ではない渋川氏にいつも詰め寄り
囲碁の世界を大きくしていこうとする意欲がうかがえたが
映画では控え目に言ってもヨコの坊主姿が美しすぎて
その情熱よりも高貴で品がある様子が一歩先に出ていた 。

将軍の前で決められた勝負ではなく
自分たちの生の囲碁を見てもらおうと渋川氏をけしかけるが
その様子も美しさが先行する為かどこか余裕がありすぎて
生の勝負を欲する意味が通じなかったように思う。
ましてや道策ほどに意欲が無いはずの渋川氏が乗せられて
囲碁史に残るという「初手天元」を打ったすごさも映画ではわかり辛い。
これも残念だったことの一つだ 。

だが、渋川氏が天文でつまずき、久しぶりに道策に会いに来るが
場所柄と周りの目もあり渋川氏に接することができず通り過ぎた後
一人夜遅くに渋川氏の自宅に立ち寄り顔を見せた道策の姿は
映画ならではの美しさがあった。
傷つき、先が見えなくなった渋川氏が
誇り高く自己を貫く道策の姿に励まされたであろう。

時間としては短かったがヨコの出演は心に残った 。
ヨコが袈裟を纏い静かに歩く姿はまさに神々しく白く輝いていた。
割と多い髪を坊主かつらで押さえているからか
何か違和感のある頭部分も私は充分に許容範囲だった。

実在の人物であり
お坊さんなのに囲碁棋士であり
歴史に残る圧倒的な強さを誇った男性を演じる難しさを
どのようにヨコが受け止めたのか、じっくり聞きたい気分だ。

当時、確かエイトレンジャーの1作目で
ヨコ演じるブラックがメインだった映画の後の公開で
役柄や映画についての思いより、先にも言った通り
「大きな映画に出演する」ことのみに私も浮かれていた覚えがある 。

その後ドラマや映画のお仕事が多くなり
意識もドンドン変わったヨコが役者として大きく羽ばたいた。
天地明察」からの流れで「破門」を見た後は改めて
主演という立場の大きさとヨコの演技の成長は感慨深かった 。

これまで知らなかった実在の「本因坊道策」という方を
私は「横山裕」を通して認識し記憶した。
私の中では今後もずっと美しく気高い男性として心に残る。
こうしてこれからもヨコが演じることで誰かの心に焼き付き
見る人の何かを変えたり支えたりするような役者になって欲しい 。

そしてまたファンが激しく感想を述べたくなるような
役者仕事を見せて欲しい 。

このまままた誰かの映画シリーズに突入しそうな気分だが…
映画公開近いし
マルかな…


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